瀬戸内海と島に恋をした。
穏やかに美しく煌めく海には、幾つもの大小なる島々が浮かび
水面をすべるように行き交う船がある。
曇りがちな空は海の色と同化し、島はまるで空に浮かぶ雲のよう。
やがて、島と島の間に落ちていく夕陽は、世界を朱色にした。

その瞬間、私は胸が少しだけ苦しくなる。
愛しい人とつかの間の別れを惜しむように。

言いようのないノスタルジックな、海と島の織りなす風景。
哀愁すら覚えるのはなぜだろう。

ここ瀬戸内海は、日本で最初に指定された国立公園だ。
  


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(さぬき広島の王頭山から見下ろす瀬戸内海)


私が初めて瀬戸内海を訪れたのは、今年の5月、
高見島、佐栁島、牛島、さぬき広島、小手島、手島、
直島、豊島、犬島でした。
そもそもの目的は、猫の写真を撮ることと、
ベネッセアートを見に行くことでした。

けれど振り返ってみれば、心に深く残ったものは、
誰の手にも触られぬまま、ただ静かに朽ちてゆく古く美しき日本家屋、
人の気配を感じられる実り豊かな畑、緑おいしげる林と
あちらこちらに咲き誇る花々、山の斜面につくられ段々畑(跡地)、
ゆっくり、ゆっくりと集落を歩いていくお年寄りの姿……。

その光景は「美しき原風景」ではないかと思った。
そう、世界を旅してまわっている私が、旅の途中でみつけた
心地よい居場所は「故郷、日本」にありました。


しかし現実、島は過疎化のため人口は減りつづけ、
家はほとんどが空き家となり、島は深刻な問題をかかえている。

そんなおり、さぬき広島の方々とご縁があって出会い、
「いま、島をなんとかせないかん」というお話を聞くことができました。
なぜなら広島には、観光地として機能するうえで最低条件の
食堂や宿泊所、お土産屋さんなどがないため、観光客が来ることも
そう多いわけではない。
島は高齢化を迎え、島の人口は減り続けています。


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(王頭山の頂上は「王頭砂漠」とよばれ、石庭のようになっている)


帰京し、モヤモヤとする気持ちを整理するように
企画書なるものつくって、旅、離島作家として尊敬する
斎藤潤先生(じゅんさん)にお話をしにいきました。

彼は、私が出版社時代に編集担当したときの著者でした。
一緒に仕事をしながら、彼の原稿を読み、
改めて日本語の美しさを学んだし、日本の知られざる秘境や
旅とはどんなものか学んだ気がする。
しかも、瀬戸内海への島旅についてあらかじめ助言としてくれたのも
さぬき広島の方々を紹介してくれたのも、じゅんさん。

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(広島の自治会長の家で、じゅんさんと猫)

彼にお話したのは、こういうことです。

「美しい日本家屋を残したい。
空き家となっている古民家に息吹を吹き込みたい。
それには、宿泊所のない広島で、古民家を自分たちで再生して
泊まれるようにしたらどうか」

それから、
「子供達に島体験をさせたい。船に乗せたい。
島という特別な舞台で自然と触れ合ったり自給自足の体験をする」

というようなことからスタート。
船に乗せたい、という想いは私自身が感動したこともあって。
船というのは旅情や風情があるだけでなく、
別れ際、「別れを惜しむ」ということをとてもストレートに体験できるのです。
陸から船が離れ、お互いがみえなくなるまで手をふり続ける。
そんな別れは、とても胸が震えるのだと知りました。


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じゅんさんに、「やってみよう、島の皆さんに話をしよう」
ということになって、こうして島に出向く日々が始まりました。
向かったところは、さぬき広島の茂浦(もうら)という集落と手島です。




(つづく)