キューバに到着した2014年12月17日。
それはベルリンの壁崩壊並みの
世界にとって、いやキューバ国民にとっての衝撃的な日。
いや、明治維新が起こったときほどの変換期を迎えた0日目だった。

当時アメリカと親交のあったキューバのバチスタ政権を
フィデル・カストロやチェ・ゲバラたちが命をかけて打倒した。
アメリカによって貧富の差が生じ、農民や労働者たちの貧困は
すさまじく、国民が多くの犠牲を払いながら手にいれた。
それが、彼らキューバ人が誇りにする「レボリューション」。

1959年のキューバ革命以降、アメリカとは国交断絶。


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国交断絶から、キューバには様々な物資が輸入されず、
物資は非常に少なく、海外情報も規制されてきた。

ただし、国は一見貧しくても、本当の「豊かさ」とはないか、
それを問いていけば、アメリカという国の手のはいらない社会は
この世界で実に稀であり、失われた大切な「もの」があると
私は思う。

それが12月27日、「国交正常化開始」宣言があった。

きっと、キューバは変わるでしょう。

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「アメリカとの国交正常化」を私が知ったのは、
12月27日、キューバに来て10日たったときでした。
キューバはインターネット環境が悪く、外からの情報が
まったく入ってこないのです。
それでも高いお金をだして10分間だけネットのできる場所で
メールをチェックしたとき、
(キューバを3週間いて、この10分しかネットを見なかった)
斎藤潤さんからその旨のメールが届いていたのです。

のぞこ

 クーバでこのメールを読めないのかもしれないと思いつつ、

でももし読むことができたらと書いています。

 今、クーバは1世紀に一度という歴史の転換点に立っていると思う。

USAとの国交正常化交渉開始のことです。

インパクトは少し小さくても、クーバにとってはベルリンの壁崩壊並の出来事。

そんな時に巡りあわせた幸運を感謝し、

ぜひジャーナリスティックな目でクーバの今を取材してきたらいい。

意識的に激変する歴史を凝視する場に立ち会えるなんて滅多にないことだから。

 斎藤潤



衝撃でした。
それから、できる限り集中して、もちろん楽しみながら
キューバを旅してきました。
その様子を少しずつアップしたいと思います。


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